ガイストスキャナー


アクアリウム

7 ゴンドラの闇


リンダはバッグを抱えて座席に座っていた。
地下鉄特有の閉鎖感と微かな臭い。ドアに書かれた卑猥な落書き。窓の外は闇。その四角い闇が何処までも連なっている。

(わたし、どうして地下鉄に乗ってるんだろう?)
少女はじっと窓に映る自分自身を見つめた。
(あの子がどうなろうと、わたしには関係のないことなのに……)
車内はほどほどに込んでいた。次の駅が近いのか車両の速度はだんだんと落ちて行く。
(ちがう。関係なくなんてない。だって、ジョンの身体の中には、わたしの細胞が流れているんだから……)

リンダはバッグの取ってを弄びながら唇を軽く噛んだ。
(そうよ。せっかく助かった命をテロリストなんかに奪われてなるものですか。あの子は、わたしや弟のためにも、絶対に生きなきゃいけない。義務と責任があるんだから……)
だからといって、自分が駆け付けたところでどうにもなりはしないということを彼女は十分に承知していた。だが性分として、じっとしてなどいられなかったのだ。
その時、すっと闇に吸いこまれたように電車が停まった。そして突然、電気が消えた。

「何だ?」
「どうしたんだ? ここはまだ駅じゃないぞ」
乗客達が騒ぎ出す。
(何が起きたの?)
リンダも思わず立ち上がって周囲を見回した。蛍光塗料のポスターが薄く浮かび上がった。ホラー映画の宣伝ポスターだ。すっぽりとフードを被ったドクロが不気味に笑う。それを見た女性や子どもが思わず悲鳴を上げた。
「くそっ! 何だ、これは……」
「映画の宣伝にしちゃ、随分手が込んでるじゃないか」
しかし、それは宣伝ではなかった。実際に外でトラブルがあったようだ。懐中電灯を持った車掌が回って来て言った。

「皆さん、落ち着いてください。ちょっとした送電線のトラブルです。点検が済み次第すぐに発車します」
そして、そのまま大股で歩いて車両を去ろうとする。
「送電線のトラブルだって?」
「ふざけんな! おれは急いでたんだぞ!」
「大事な商談に遅れたらどうしてくれるんだ!」
何人かが怒鳴ったが、車掌は無視して通り過ぎた。

(停電? こんな時に……)
窓の外の闇が、車内に閉じ込められた人間達を威圧した。
何人かの乗客が悪態をつき、他の何人かはため息を漏らした。
(どうしよう。今更帰ることもできないし……)
不安が一気に押し寄せた。


その頃、ジョンはコンピューターを操作し、テロリスト達を納得させるため、国の重要機関へのハッキングを繰り返していた。何度も求められるパスワードも複雑なセキュリティロックも、少年にとっては何の効果もなかった。彼には見えているのだ。空欄に浮かぶ文字列が……。それを何の苦もなく入力して行く。たとえどんな難問であろうと、少年にはいとも容易いことだった。

「はは。こいつは驚いた。鉄壁の国防省の壁がぐずぐずじゃねえか」
眼前のモニターに映し出された情報を見て、レギーが唸った。
「……どう? これで信じてくれた?」
ジョンが訊いた。その唇は微かに震えていた。濡れたままのパジャマが重い。染みついたアルコールの臭いが鼻に付いて気分が悪かった。だが、彼は固く唇を噛んで耐えた。
(もう少しだ。もっと時間を稼がなきゃ……。そして、この場所をデニスさんに知らせる)

ジョンは、テロリスト達から怪しまれないように、幾つかの海外プロバイダーを経由してNASAやCIAなどにもハッキングして見せた。そして、既に頭に入れておいたMAPを辿って情報ファイルを表示させた。その時、わざと足痕を消さずに何度かクリックを繰り返した。
(デニスなら気づいてくれる)
彼はジョンの能力を高く評価していた。少年が仕込んだ信号パターンを解析すれば、それが彼からのメッセージであることに気づくだろう。だが、場所のヒントまでは打ち込めなかった。レギーが不審を抱いたからだ。

「おい、そいつは奴らが罠張ってるダミーサイトじゃないのか?」
「ちがうよ。これは……」
ジョンは慌てて否定した。が、レギーは少年を突き飛ばしてサイトを閉じようとする。が、開いたページはフリーズしたまま閉じられなかった。そうやってハックして来た獲物を逃さず、場所を特定するための罠なのだ。
「見ろ! てめえ、わざとここへ……」
怒りに肩を震わせてレギーが叫ぶ。
「だから、アメ公なんか信用できねえんだ! 今すぐぶっ殺してやる!」
カシムが銃の引き金に手を掛けた。

「いやだ! 撃たないで!」
ジョンが叫んだ。
「黙れ! くそガキ! 今すぐバラバラにして星条旗に括りつけてやる!」
「はは。そいつはいい。奴らがどんな面をするか見ものだぜ」
彼らはこの状況を楽しんでいた。

「お願い、やめて! これは罠なんかじゃないよ。嘘だと思うならぼくにやらせて。すぐにシャットダウンできるから」
必死に訴える子どもにレギーが微かに振り向いて顎をしゃくった。
「なら、やってみろ。今すぐにだ」
ジョンは頷くとコンピューターの前に出た。そして、すぐに画面を閉じた。それは本当に一瞬のことだった。

「ぼくはいつもこうやって情報を見ていたんだ。軍の最新鋭の戦闘機の配備状況や、設備、作戦状況も……。みんな、あのゲームに組み込んでいた。それをCIAの人が嗅ぎ付けて……でも、ぼくは知らなかったんだよ。これがみんな本物の情報だったなんて……。本当に知らなかった。だから、すごく怖かった。CIAが怖くて、それで……」
男達は無言で少年の話を吟味した。コンピューター関連には一番詳しいレギーが頷きながら重々しく訊いた。

「なら、おまえはどうしたいんだ?」
「どうって?」
「おまえは俺達に手を貸して国の情報を漏らしたんだ。国家に対する反逆罪って訳だ」
「よりによって、あの英雄マグナムの息子がな」
リーダーの男が皮肉の笑みを浮かべて少年を見た。ジョンは俯いて軽く拳を握った。
「そうだね。でも、そんな言い方はしないで欲しいな。ぼくは英雄の息子なんかじゃない」
少年の言葉に男達は顔を見合わせた。

「ぼくは小さい頃から身体が弱くて、とても軍には入れないんだ。だから、もうとっくに、パパを裏切ってる。パパはぼくのことを病気の可哀想な子だとしか思っていないんだよ。だって、パパが欲しかったのは元気で強い男の子なんだもの」
「それでも、人質の価値はあるさ」
リーダーが言った。
「無駄だよ。ぼくはどうせ病気で死ぬんだ。今、あんた達が殺さなくてもね。だから、ぼくの命を盾にしたって国は何もしてくれやしないよ」
「そんなことわかるものか」
カシムが言った。

「わかるさ。たとえ、国がそうしようとしたとしても、パパが止めるもの。パパはぼく一人の命より、他の大勢の人の命を選ぶ。それが正義だから……」
「それなら、今すぐ死ぬか? その方が楽だぜ」
レギーが銃口を向ける。その丸い穴の奥にへばりつくような悲しみと、強い憎しみが渦巻く。
ジョンは思わず耳を塞ごうとして止めた。全身に悪寒が走っていた。背後から死が迫っている。今目の前にある銃口ではなく、漠然とした闇の不安が彼を苦しめた。
(生きたい。でも……)
ガイストが彼を掴んで連れて行こうとした。
「ぼくは……」


病院の上空には軍や報道関係のヘリコプターが何機も旋回を繰り返していた。建物の中は軍の関係者や警察の者達が入り混じって騒然としていた。患者達は念のため、安全な場所へと移送され、内部に爆発物などが仕掛けられていないか綿密に調査が行われた。

「ジョンのコンピューターは無事です」
ウーリーが報告した。
「主治医のエルビン医師が医局に保管していたんです」
「繋げるか?」
デニスが訊いた。
「ええ。爆発物などは検出されませんでした」
デニスはすぐにコンピューターを起動すると、手掛かりを探した。が、それには何の痕跡もなかった。が、MGSの本部から奇妙な連絡が届いた。内部のコンピューターに攻撃して来た者が不可解な動きをしていたというのだ。サイト内で規則的なクリックを繰り返し、そのまま立ち去ったというのである。海外を幾つか経由していたが、国内からのハッキングだということもわかっている。

「ジョンだ」
デニスはすぐに閃いた。そんなことができるのはあの少年に違いないと……。彼はすぐにその情報を送信するようにと命じた。
それからMGSのメンバーに召集を掛ける。
「マーカスはいるか?」
デニスが訊いた。
「はい。お呼びでしょうか?」
制服姿の男が現れて、軽く敬礼した。
「半径20キロ圏内にガイストの痕跡がないか捜索してくれ」
デニスは切とったメモの地図にボールペンで印を付けて渡す。
「しかし、ジョンはまだ闇の風を扱うことは……」
「だが、あの子の周囲には常にガイストが存在している。もし、彼が危険になれば、どう出るかわからん」
「わかりました」
マーカスは再び敬礼すると部屋を出た。入れ替わりにやって来たのはウーリーだった。

「政府は犯人からの要求を拒否すると言って来ました」
「拒否だと? 連中が提示した時刻までは、もう30分もない。拒否すれば、迷わず人質を殺害するだろう。そういう連中だ」
「どうしますか?」
「私が政府と交渉する。彼らには、ジョンがどれほど有用な存在か理解していないんだ。そこに並んでいるぼんくらな頭十人よりも貴重な能力を持った少年なのだということがな」
「そいつは聞き捨てなりませんな。デニス」
カルティエ中尉が近づいて来て言った。
「本当のことですよ。軍や政府は認めようとしませんがね」
「また、君のオカルト能力の話かね?」
「オカルトではありません。彼らは科学的に立証された、風の……」
「もう結構だ。君とくだらん議論などするつもりはない。それより、我々の取るべき行動は一刻も早くテロリスト共のアジトを見つけ出し、奴らを射殺することだ」

「ジョンを救うことの方が優先されるべきことではありませんか?」
「無論、少年の命は守らねばならん。だが、国に取って大事なのは、これ以上テロリスト共の脅威を広げないように防ぐことだ。被害は最小限に抑えたい」
「そのためならジョンの命よりもテロリスト達を殲滅することを選ぶと……」
「当然だ。これはマグナム中佐にも承諾してもらっていることだ。問題はない」
「そうですか」
デニスは苦々しく呟いた。

「そこでだ。情報を共有しようじゃないか。MGSは何を知っている? 手掛かりがあるなら協力するのが順当だろう」
「残念ながら、我々もまだ何も掴んではおりません。今、全力で捜査しているところです」
「では、状況がわかり次第報告しろ!」
そう言うと男は机の間をすり抜けて出て行った。

そこへウーリーがやって来てメモを見せた。そこには主犯格の男の氏名と犯罪歴が記されていた。それから、特定された倉庫の場所にチェックが入れられている。デニスは無言で頷くと、それを胸ポケットに押し込んでドアに向かった。

そこへ慌ただしく走り込んで来た者達がいた。ジョンの母親と担当医である。
「お願いします。ジョンを、あの子を助けてやってください」
「打てる手はすべて打ちました。あとは、私達に任せてください」
デニスが母親を宥める。
「やっとここまで回復したんです。もし感染症など起こしたら……」
不安そうなミセス マグナム。デニスは背後のエルビン医師を見た。医者は無言で頷いた。外にはまだ雪がちらついている。寒さで風邪を引いただけでも命取りだ。デニスもそれは十分承知していた。

「ご主人とは連絡が取れましたか?」
デニスが訊いた。
「いえ。でも、主人は軍人ですから……」
夫人は微かに俯いて涙を拭った。
「…そうですか。でも、ジョンの命は誰にとっても掛け替えのないものです。未来ある子どもを犠牲にすることなどできません。私はこれから、直接犯人と交渉するつもりです。どんなことをしてもジョンを取り戻してみせますよ」
そう言うとデニスは夫人の肩にそっと手を置いて言った。

「なら、私も一緒に連れて行ってください」
彼女が頼んだ。
「しかし……」
「お願いします。私も一緒に……」
デニスは逡巡したが、結局は彼女の意思を汲んで了承した。
「わかりました。では、こちらへ……」
彼が部屋を出ようと扉を開けた時だった。

「デニスさん、お願い! わたしも! 一緒に連れて行ってください」
不意に通路から現れた少女が言った。
「リンダ。どうして……?」
「号外で、事件のこと知って……。ジョンのところに行くんでしょう? お願いです。わたしも一緒に……」
彼女はジョンに脊髄液を提供し、彼の命を救った。が、リンダにはガイストスキャナーとしての素質はない。ここに残らせるのが順当だろう。だが、デニスはそうしなかった。
「いいだろう。君も来なさい」
彼は決断した。迷っている時間などなかった。彼らは車を駆って現場に向かった。


ジョンは外に連れ出されていた。少年に向けられた銃口は沈黙したままホルダーに戻された。が、それは決して彼らが諦めたからではなかった。
黒光りする銃よりもどす黒い怨念が、彼らの心に渦巻いていたのだ。政府は彼らの要求を拒否した。が、実際、彼らにとってそれはカモフラージュでしかなかったのだ。

「今日が何の日か知っているか?」
レギーが訊いた。
「……」
ジョンは首を横に振った。祝日でもなければ、何でもないただのウイークデーだ。レギーは銃の先端でぐいと少年の顎を持ちあげて言った。
「わからないだろう。今日は俺の、俺達の家族の命日なのさ」
「命日?」
「おまえら白人共に殺された! 大勢の人間が引き裂かれ、残酷なやり方で殺されたんだ」
「そんなこと知らないよ。教科書には載っていなかった。それに……」
「奴ら、すべての事実を隠ぺいしたんだ。何が正義だ。世界のリーダーシップだ。奴らは狂気そのものだ」

「けど、あんた達だって罪もない人々を大勢殺そうとしてるじゃないか! どっちが悪いかなんてわからない」
「おまえらの方が悪いに決まってる! 存在そのものが罪なのさ! もともとこの地は連中のものじゃない。奴らはこの地に住んでいた大勢の人間を殺して略奪した。見ろよ、あの胸くそ悪い旗の色を……あれは先住民が流した血の跡だ」
「連中が犯した罪の数だ」
彼らはいきり立って叫んだ。

「来いよ。あれに乗りたかったんだろう? 載せてやるよ」
カシムがジョンの手首を掴んで引いた。夜の遊園地はしんと静まり返っていた。目の前には巨大な恐竜のような観覧車のシルエットが迫る。
「痛いよ、やめて」
苦痛をこらえて少年が言った。
「遠慮するなよ、ほら。おまえの大好きな星条旗も一緒だ」
「何を……?」
赤いゴンドラに星条旗が括りつけられた。それから、手を縛られ、そのゴンドラの市中に吊るされた。

「何をするつもりなの?」
少年は青ざめた頬で訊いた。
「公開処刑さ。このゴンドラが頂点に達した時、爆弾の起爆装置が作動する」
「爆弾……」
背筋が凍りついた。
それから、手足の末端に至るまで、すべての血管の中で血流が止まる。そんな錯覚を覚えた。
(死ぬのか……)
風が嬲るように吹き抜けた。旗の先が何度も彼の頬を叩く。ギィーッと微かに金属が軋む音がして、ゴンドラがゆっくりと動き始めた。

やがて、ジョンのゴンドラは地上と平行になる高さまで上った。
少年はじっと男達を見降ろしていた。縛られた手に痛みはなかった。そして、もう寒さも感じなかった。ただ闇の中にはためくフラッグと風の音だけが聞こえた。

車が倉庫の裏手に滑り込んだ。中には4人の人間が乗っているのが見えた。男が二人先に降り、倉庫の方へ駆けて行った。

「わたしも行く」
リンダが後部座席のドアを開けた。
「駄目よ。ここにいるようにってデニスさんが……」
「ミセス マグナムはここにいてください。わたしは大丈夫」
そう言って彼女は外へ飛び出すと、大きな倉庫の壁に隠れた。

微かな街灯が広い敷地を照らしている。雲の流れが早い。そして、死人のように冷たい風が彼女の周囲を取り囲んだ。思わず首を竦めて身を震わせた。その時、微かに布が擦れる音がした。

(誰かいる!)
リンダは足音を忍ばせて木陰へと移動した。建物の脇に停めてあったトラックの影に動く者があった。人影は手に何かを持って上を見ていた。
(銃?)
咄嗟に身を屈めるとリンダは周囲を伺った。が、デニスもウーリーもいない。彼らはもっと奥の建物へ向かったのだ。

(どうしよう?)
彼女は男から見えないようにその動きに合わせて太い幹に貼り付いた。と、突然、銃声が響いた。一発、二発。銃撃戦になったらしい。その音を聞いて前方の男がそちらに気を取られた。リンダは夢中で飛び出すと男の手を狙って蹴り技を見舞った。不意を突かれた男の手から弾かれて四角い物がコンクリートの上で砕けた。それは小型のカメラだった。

「このガキ……!」
手首を抑えながらもこちらを向いた男が憤怒の形相で睨み、ホルダーに手を掛けた。が、間髪いれずにもう一度逆サイドからの蹴り、そして、バランスを崩した男の胸に手刀を叩き込む。
「ウッ!」
男は呻いて身体を折り曲げる。が、まだ意識は失っていない。彼女は倒れ欠けていた男の顎を蹴りあげ、もう一度手刀を後頭部に叩き込んだ。
致命傷を与えることになるかもしれなかったが躊躇してはいられない。彼女は必死だった。

が、幸いにも男は戦意を失っただけで命に別条はなかった。リンダは男のホルダーから滑り落ちた銃を植えこみに蹴り入れて、朦朧としている男に訊いた。
「ジョンはどこ?」
が、男はくたりと首を垂れて今度は完全に意識を失った。

月はすっぽりと雲に覆われて見えなくなっていた。そして、銃声も途絶えた。
(決着がついたのかしら?)
闇の中に浮かぶ闇……。
それは巨大な怪物を想わせた。冷気が背筋をそっと撫でた。その冷たさに、ようやく彼女は自分が震えていることに気づいた。そして、次の瞬間。彼女に襲い掛ろうとしている影が向かいにある観覧車だと知った。

(こんなところに……)
ほっとしたのもつかの間。雲間から現れた月がその陰影を照らしだした。そして、そのゴンドラに括り付けられている少年の姿が見えた。
「ジョン!」
思わずそう叫んだ彼女の声を遮るように銃声が響いた。

(リンダ……!)
少年の側からもその様子は見えた。いや、それどころか、デニス達がテロリスト達と銃撃戦を展開し、既に三人を仕留めたことも見て取れた。が、あと一人。リンダが倒した者を抜いてもテロリストはもう一人いるのだ。それをジョンは必死に伝えようともがいた。が、口はタオルで塞がれていた。懸命に身を捩って外そうとするが無駄だった。逆に吊るされた手首にロープが食い込んで痛みが走った。目の前をガイストの影が何度も横切って行く。

「ううっ……!」
ジョンの目に涙が滲んだ。
(ぼくは結局何もできなかった)
ゴンドラがゆっくりと天井へ近づいて行く。そこに達した時、爆弾が作動する。それに気づいてデニスとウーリーがゴンドラを止めようと走った。
(ちがう! そっちじゃない。ぼくよりもリンダを……!)
彼らとは反対方向に潜んでいた男が姿を表し、少女を狙っているのだ。

(やめろ!)

ジョンは心の中で叫んだが、間に合わなかった。男の指がトリガーを引いた。

「駄目だ。間に合わない!」
「ジョン!」
ウーリーとデニスがゴンドラを見上げて叫んだ。ジョンのゴンドラはあと数十センチで爆弾と接触するところだった。

「いやだ! リンダ――ッ!」
タオルが落ち、ジョンの絶叫と銃声が重なった。そして、爆発……。
「ジョン!」
吹き荒ぶ風の中で、少年の叫びが増幅され、いつまでも木霊した。